灯台もと暗し
‘灯台もと暗し’ー。身近なことでも意外に知らないことが多いもの。そんなことに改めて気付く今日この頃でも…。
郷土の偉人関係者はその一つに入るように思う。名前はある程度聞いたことがあっても、詳しい人物像は不案内であったり、もしくはまったく未知であったりする。
最近、そうであったのが「台湾近代美術の父」とされる画人の郷原古統(本名・藤一郎、1887-1965)。塩尻市広丘堅石が郷里。昭和初期にかけて台湾の中学高校の美術教育等に従事し、台湾在住が20年間に及び、近代美術初期の形成に尽力したという。
高潔な人柄は多くの弟子たちに慕われ、昭和37年には同市広丘の自宅前に台湾の弟子たちによって顕彰碑が建立された。国内に比べて台湾での評価が格段に高い画業の持ち主。同氏の夫人も歌人として活躍し、多くの短歌を残したようだ。
文化的な遺産や偉業はまだまだ身近にありそう。郷土に未だ眠っている「お宝」を一つでも多く見つけたいものですね。

〔郷原古統の作品〕
郷土の偉人関係者はその一つに入るように思う。名前はある程度聞いたことがあっても、詳しい人物像は不案内であったり、もしくはまったく未知であったりする。
最近、そうであったのが「台湾近代美術の父」とされる画人の郷原古統(本名・藤一郎、1887-1965)。塩尻市広丘堅石が郷里。昭和初期にかけて台湾の中学高校の美術教育等に従事し、台湾在住が20年間に及び、近代美術初期の形成に尽力したという。
高潔な人柄は多くの弟子たちに慕われ、昭和37年には同市広丘の自宅前に台湾の弟子たちによって顕彰碑が建立された。国内に比べて台湾での評価が格段に高い画業の持ち主。同氏の夫人も歌人として活躍し、多くの短歌を残したようだ。
文化的な遺産や偉業はまだまだ身近にありそう。郷土に未だ眠っている「お宝」を一つでも多く見つけたいものですね。

〔郷原古統の作品〕